考え方

未来は既に決まっている。頑張る必要はない

2020年1月13日


皆さんは未来は既に決まっていると考えたことはありますか?もし未来が決まっているのであれば私たちはなぜ生きているのか、そういう考えがでてきます。本当に未来が決まっているなら頑張る意味はあるのでしょうか。今回は未来について考えてみました。

人は役割を演じている

人にはそれぞれ役割がり、その役割を演じています。動物や植物、そして人間など全てが必要なもので、必要のないものはこの世には存在しません。家族であればお父さんはお父さんの役割があり、お母さんはお母さんの役割があります。子供には子供の役割があり、おじいちゃんおばあちゃんにもその役割があります。

昔の日本の家庭は、男性が外で働き女性は家で家事をしたり子育てをするというのが一般的でした。それも一つの役割です。今では男性が家で家事をし、女性が外で働くという家庭もあり、それぞれの役割を果たしています。

そもそも役割があるということは、人それぞれやることが違うということです。その証拠に人それぞれ外見や考え方が違います。もし同じことをするのであれば、外見も同じで、考え方も同じ生き物に進化してきたはずです。

こういう風に考えると、自分はこれをしているから他の人もやらなければならない。であるとか、人がそうしてるから自分もそうしなければいけないということなど有り得ないわけです。それは人はそれぞれ違い、生まれたときから違うということが決まっていることです。生まれたての赤ちゃんでさえ既に違っています。顔、体の大きさ、体重、場合によっては手足がない赤ちゃんや臓器がない、あるいは障害のある赤ちゃんもいます。何が普通で当たり前などということはありません。

例えば会社では社長が司令塔です。その指揮のもと仕事をしますが、全員が司令塔だったらどうでしょうか。何も前に進みません。人それぞれの役割をこなしているからそこの会社は回っていくのです。

人それぞれ違う

もし人がみな同じであれば学校で受けるテストも意味がありません。テストは順位をきめたり、どれくらい把握してるかをはかるものです。順位でいえば、1番がいるから2番がいるわけです。2番がいるから3番もいるわけです。

社会においても同じことが言えます。「あの人は善い人だ」というと、その善い人というのは悪い人がいるから善い人というのが存在します。もしこの世が全て善人であれば善人という概念は存在しません。

当たり前のように思うかもしれませんが、これを理解していると人に強要するようなことはできません

人はそれぞれ違うから役割も変わるのです。本来はその逆で役割が最初から違うから人それぞれで違っているということになります。

全て繋がっている

人には役割があるという話をしました。会社であればその持ち場での役割を果たせなければ、会社はまわっていきません。それぞれが役割を果たさなければ、売り上げもたたず潰れることになります。

ということは社長だから偉い、平社員だから偉くないということはないわけです。なぜなら役割をこなしているだけに過ぎないからです。会社では影響力は強いですが、ひとたび外に出てみれば一般人と何ら変わることはありません。影響力はその人や場所によって変わってきて、どんな人であっても誰かに影響を及ぼしています。

いわば運命共同体であり、影響が大きいか小さいかだけの違いです。それぞれの役割がありすべての人が少なからず影響しあっているわけです。

元々人が生まれたときに既に役割があると仮定すると、結果は既に決まっていることを意味しますそしてお互いに影響しあうことで、その結果を不変のものにしているのではないか、そう考えることができます。たとえ少し道を外そうとしても、影響し合い最初の決まった結果へ戻す働きが起こるということです

未来は目に見えないだけで既に決まっている

世の中は目に見えないことだらけです。例えば鍼灸でのツボの効用などは、ここ十数年でやっと科学的根拠が明らかにってきました。ところが鍼灸学や経穴などはそれ以前、数千年前から徐々に確立されてきた学問です。それまでは科学的根拠などがない中で学問を確立してきました。科学的根拠があるということは目に見える、可視化できるということです。それまでは目に見えなかったわけです。

本当に視野の広い人というのは目に見えないものを見ようとする人のことです。昔は地球が太陽の周りをまわっているということは信じられていませんでした。しかし、それを言い出した人はどうしても天動説では説明がつかないことがあったからです。地動説で全てが腑に落ちるそんな感じだったと思います。

昔の人は目には見えていないけども、感覚と経験を信じて学問を積み重ねてきました。そしてそれはやっぱり正しかったと今頃になって確証に変わっています。

私は未来は既に決まっているということは確信しています。科学的根拠などあるわけがありません。私の中にある経験と考え、そして感じることを合わせるとそのような結論になるのです。おそらく私と同じような感覚になっている人は数多くいるのではないでしょうか?ただそれを周りの人に言うと変人扱いされたりするので言わないだけだと思います。

結果は決まっているのであればどうしていけばいいのか

プロ野球の世界ではペナントレースの順位が決まった後も試合日程が組まれているものを消化しなければけません。もう結果が決まっているのに試合をするのです。

もちろん野球が好きで見に来てくれる観客のためにパフォーマンスをするのですが、中には来年を見越してチーム作りをするため、今まで起用したことのない選手を起用してみるという監督もいます。

いずれにしてもペナントレースという結果は決まっているわけです。結果が決まっているからと言って後はどうでもいいということにはなりません。お互いのチームが全力を尽くさなければ、見に来てくれる観客の数は日に日に減る事でしょう。それは球団にとってもマイナスで、野球界全体にとってもマイナスです。

消化試合と呼ばれる中で出される新しい選手は必死になってアピールします。それは自分を来年使ってもらうためです。チームのペナントレースという結果とは関係がありません。

それと同じで、未来は決まっているからといって何も努力する必要がないとか、頑張る必要がないということは一切ありません。タイトルに書いた頑張る必要がないというのはその結果を変えるように頑張る必要はないという意味で、中身を充実させる頑張りは必要です。それはどれだけ人の役に立つか感動できるかです。

決まった結果の中でできることをする。それが今私たちにできることではないでしょうか。未来が決まっているということは何も面白くないということではありません。

結果にフォーカスするのではなく、その中でどうするか追求するべきです。そのことがよりよく生きることにつながるのではないでしょうか。

まとめ

未来は決まっていて、決まった未来を変えるための頑張りは必要ありません。

人にはそれぞれの役割がありお互いに影響しあっています。

人はそれぞれ違うのにも関わらず、比較をするから結果にのみ集中してしまうのです。結果に意識を持つのではなく、過程を楽しみ充実させることに集中しそこに力を入れます。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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