考え方

なぜ手伝ってくれないのか。協力が得られない決定的な理由

2020年3月31日

人は誰しも手伝ってほしいときがあります。しかし自分の思いとは裏腹に誰にも手伝ってもらえなくて寂しい思いをした人もいるのではないでしょうか。なぜ人は手伝ってくれないのか。逆に自分が手伝わないのはなぜなのか考えてみました。

結論は、その人やものが嫌いだからです。人の行動は、強制するものがなければ好き嫌いで決まるからです。これが全てです。手伝ってもらえないのであれば、その人は嫌われています。

解決策を探す前に、そもそも本当に手伝ってもらう必要があるのかどうかです。手伝ってもらわないと成り立たないものであれば、続けることができません。続いているのであれば、もしかしたら必要はないのかもしれません。

私は今でも時折思うことがあります。手伝って欲しいと。しかし、それは全て自分の蒔いた種であり、自分の蒔いた種は自分でしか刈り取れないのだと思いなおし落ち着かせています。

少し詳しく見ていきます。

手伝ってもらいたい状況

手伝うという事は助けるという事です。

他人の仕事を助けて一緒に働く。手助けをする。助力する。
抜粋:デジタル大辞泉

助けてもらいたい、手伝ってもらいたい状況は、日常生活に数多く存在します。例えやすい、家事・育児、仕事を挙げてみます。

家事・育児を手伝ってほしい

現在は夫婦共働きの家庭は珍しくありません。昔は男性が外で働いて女性は家事育児をするという家庭が多くありました。その名残もあって、女性が家事育児をするのが当たらり前の風潮が未だに残っているのが現状です。

2人とも仕事で疲れて帰ってきても、夜のご飯の支度や、掃除洗濯、子供の世話などはしなければいけません。本来分担してやるもので、手伝うという感覚自体がおかしな話です。しかし、うまく分担できずに、女性がその大半をこなすことも珍しくはありません。その場合女性にとってみれば手伝ってほしいということになります。

普通の感覚であれば、何も言わずともお互い疲れているのは分かっているわけですから手伝うのが普通です。しかし、手伝って欲しいと言葉で伝えても手伝ってくれないこともあります。もし、以前は手伝ってくれていたけれど、今は手伝ってくれない場合、その人にとって嫌いかどうでもいい存在となっています。

元々能力がなくて出来ない場合もありますが、それはしばらく一緒にいれば分かることでしょう。能力が有るのに手伝ってくれないということは、どんな言い訳をしてもその人の事をどうでもいいと思っています

様々な理由をつけてきます。しかし、事実だけを見たときその理由は理由になってないものです。

人間は優先順位をつけて物事に当たるという習性があります。優先順位の低いものは、高いものの割合が大きくなった場合、末梢されるようにできています。自分の時間や労力を使うという事は命を消耗するという事です。自分の命を消耗するのにふさわしくない人やものであると判断しているからこそ手伝ってくれないのです。

仕事を手伝ってほしい

チームを組んで仕事に当たる事というのはよくある話です。そこでみんなで協力して一つの結果に向けて邁進します。チームのリーダーがそれぞれに役割を与え、期限を決め、仕事を開始します。最終的に全員から出来上がったものを集めて、一つのものに仕上げるというものです。

その時に優秀な人は自分の役割をすぐにこなし時間を持て余します。余った時間は、その人の自由ですが、大抵、他の人の仕事を手伝います。それは全員の出来が、自分にも跳ね返ってくるからです。正に運命共同体です。

この場合手伝うことが素晴らしいという事はありません。なぜなら、自分の利益になるからです。しかし、それでも手伝ってもらえないこともあります。この状況で手伝ってもらえないという事はどういう事でしょうか。

それは嫌われているからです。自分の不利益になってまでその人を引きずりおろしたいと思われているからです。チームで仕事をしていれば、何か悪いことが起こった時に責任を取らされるのはリーダーです。皆が協力せずに、失敗に終われば、チームリーダーが責任を取らされます。そして再びリーダーを任されることはありませんし、昇格することもありません。

このことからも言えるように、人が2人以上になれば、好き嫌いがものをいうことになります。会社の出世も好き嫌いが大きな割合を占めるという事です。

手伝いたくない時を思い出す

手伝ってもらえない理由が分かりづらい場合、自分が手伝わない時を考えてみます。相手の事を大切に思っていれば、多少嫌な事でも手助けしたいと思うものです。

あるいは、強制的な何かが働いていれば自分の好き嫌いとは関係なく手伝わざるを得なくなります。例えば仕事などで契約している場合は好き嫌い関係なく、契約通り事を運ばなければいけません。その他は重い罰則が科せられるなど、手伝わないことで手伝うよりも不利益を被るとわかっている場合、強制的に手伝うことになります。

日常生活では強制的なものはほとんどありません。その場合いくら疲れていようが、大切な人が困っていたら助けたいと思うものです。一方で、どうでもいい、むしろ嫌いな人が困っていたらどうでしょうか。自分を犠牲にして、優先順位の低いものに協力する意味はありません。むしろ困っていて清々するのではないでしょうか

手伝わないという自分がいる場合、客観的に自分にとっての優先順位があらわになり、自分自身を分析するときに役に立ちます。

手伝ってもらう必要はない

サラリーマンが手伝ってもらうような状況はあまりいいとは言えません。なぜなら、自分の能力がないと認めるようなものだからです。

通常仕事では、やったらやっただけの成果が出て、それが報酬として返ってきます。ですので、そこまで気になる事ではありません。一昔前では能力がなくてもそこの会社に勤めていれば自動的に給料が上がっていくという会社も数多くありました。今は能力に応じて給料が決まるのが普通です。

しかし、家事育児に関しては損得勘定が発生しないため感情が大きな割合を占めてしまうのです。

家事育児を手伝ってくれない状況は自分が作り上げているとはいえ、当事者になればなかなか思うことが出来ないものです。なぜなら人は常に外側に原因を求める生き物だからです。しかし、自分が関係している出来事なのに、自分の影響力が0というのはあり得ない話です。自分が関係しているのであれば高い確率で、自分が原因となっています

一貫性の法則とともいわれ、人は一貫した行動をとる傾向にあります。手伝わないでいい状況が続けば、それを一貫して続けてしまういます。一貫する前に対処するのがいいのですが、この法則が発動してしまうと変えることはよっぽどのことです。

本当につらいときは優先順位を変える

ただでさえ人を変えることは難しいのに、一貫性の法則が発動してしまえば、その人を変えることはほぼ不可能です。ですので、人を変えるのではなく自分自身が変わる必要があります。

具体的には、自分も働いていて、家事育児が誰にも手伝ってもらえな場合、本当にそれが一番大切だと思うのであれば仕事を制限するなどの方法を考えます。全ての事を完璧にこなすことは不可能です。無理せず、優先順位をはっきりさせます。

そこで、「そんなことしたら生活ができない」という声が聞こえてきそうです。

まず理解する必要があるのは、日本はどんなことがあっても、最低限生活は保障されている国です。日本のような国は世界どこを探しても存在しません。最悪収入が0になれば生活保護があります。それがなくても、本当に困っているならば支援してくれる制度があります。常にそれは頭に入れておくべきことです。一番最悪なのは、自分が犠牲になっていると自分自身が思い、勝手に不幸を背負って生きていくことです。

その不幸は子供に伝染し、良くない影響を与えるでしょう。手伝ってもらえずにひたすら頑張っている人は努力家であり、責任感の強い人です。もう少し自分を大切にしても許されるはずです。

桃太郎に学ぶ

手伝ってくれない問題は、おとぎ話に出てくる桃太郎に学ぶことができます。

桃太郎は、犬・キジ・サルを仲間にして鬼退治をするという物語です。犬・キジ・サルはどうして桃太郎を助けようと思ったのかという事が大切になります。決してきび団子をもらったからではありません。きび団子ごときで、自分の命を危険にさらすことはしません。そこには、何か心を動かすものがあったに違いありません。

鬼を退治に行く位ですから、桃太郎も見た目もごつかったに違いありません。ひょろひょろであれば、動物たちも仲間になることはなかったでしょう。人は強いものに魅力を感じるものです。それに加えて鬼退治は命懸けです。例え一人でも鬼をやっつけに行くという覚悟がありまた実力もある。動物たちは「こいつはすごい」という雰囲気を桃太郎から感じ仲間になったと推察できます。

弱そうで、覚悟もなく、「ねーねー鬼退治手伝ってよ」といったところでだれも仲間になることはありません。手伝うもの(犬・キジ・サル)が表れたのは、全ては桃太郎自身が引き寄せたことです。

結局手伝ってもらえないというのは自分の蒔いた種だという事です。それが分かれば、大変だけど少しずつ変えていかなければいけません。なぜなら自分がしんどいからです。覚悟や意気込みなどの気持ちはオーラとしてにじみ出るものです。考え方が変われば周りも自然と変わっているのかもしれません

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  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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