考え方

くじけそうな時、続けるべきかやめるべきかを考える

2019年12月16日


目標を立ててそこに向かう中で、最初は志が高くやる気もみなぎっているが時間とともに情熱が薄れてくることもあります。そういう時は少し休んで、初心を思い出し自分自身を見つめ直すいい機会なのかもしれません。

人は易きに流れる

これは私の経験なのですが。小学生のころ新しいノートを書き始めるとき
「よーし。この一冊はきれいな字でうめつくすぞー。」
と書き始めます、大体5ページほどでその熱は消え、文字も普通に最初書き始めたときよりも汚くなります。

小学生のころから、やると一度決心してすぐに挫折する経験を繰り返してきました。
今振り返ってなにか続いているものをみてみると、強制的に続けざるを得ない状況にあるものか、あるいは確たる想いがあるものです。小学生の時のノートの話は使命感のようなものもないですし、特にきれいな字を書き続けないと体罰を受けることもありません。ですのですぐにやめてしまって当然なのです。

ここから思うことは「人は易きに流れやすい」ということが言えると思います。簡単な方・しんどくない方・楽な方へ自然と向かうようになっています。それは一概に悪い事ということではありません。人には向き不向きがあり、続かないということはその人にとってそちらの道ではないということを示してくれているからです。それは人生は有限であり決められた時間しか生きることができないため、時間を無駄にしない仕組みになっていると私は思っています。

しかし何か成果を得ようとしたり、使命感から何かを成し遂げようとするときは簡単に熱が冷めてもらっては困るわけです。いくら自分に向いてないからといって投げ出すわけにはいきません。向いてないながらもどうにかして形にしていかないといけなかったり、その物事に対応していかなければないりません。

ここで言いたいことは人は良くも悪くも楽な方に楽な方に行く生き物である。そういう習性があるということです。

才能と使命感と楽しさ

次に私が思う、続けていく根拠となるもの「才能」と「使命感」と「楽しさ」についてみていきます。

才能

人は何をするにも才能が必要です。例えば学校の勉強でいえば同じ時間勉強しても、テストの点数は大きく違ってきます。短時間で覚えることができたり、効率がいいやり方を編み出したりできる人とできない人がいます。運動でいえばどれだけ練習しても上達しない選手と、少しの練習で飛躍的に上達する選手がいます。

社会に出て人前で話すことが得意な人もいれば、いくら場数を踏んでも、変な緊張がとれなかったり上達しない人もいます。

全て根底には才能(素質)があり、才能のある方面で生きていくことがその人にとっての進むべき道だということが言えます。逆に才能のない分野では、周りと比べたときに劣等感を感じたりすることもあり続けることも難しくなります。

才能があれば「楽しさ」というものも自然と出てくるはずです。

使命感

才能だけでは物事を済ませられない場合があります。あることをやらないといけないという使命感が出てきたときに、才能云々言うてる場合ではなくなるわけです。【やらないといけない!】そういう気持ちになるわけです。

年齢をかさねると、いろいろな人と会って様々な経験をすることが多くなってきます。使命感は、周りからの刺激と自分の今までの経験してきたことからくる想いなどが合わさって生まれてきます

私は使命感というものはものすごく強い感じがしていました。使命感さえあればどんな邪魔が入ろうと困難にぶち当たろうと、気持ちがくじけることはない!と。

使命感!!」文字もかっこいいですし、聞いた感じもかっこいい。いかにも強そうです。

しかし実は使命感というのは意外ともろいものであるということに最近気づきました。それは使命感が作り出される過程で、外部の環境をうけることにあります。外からの環境というのは常に変化します。常に変化するものというのは、性質として弱いです。

確固たる使命感で!といって長年その物事に当たっている人は、使命感ではないはずです。使命感という言葉は非常にかっこいいですから、聞き心地もいいですから周りの評価が上がりやすいというトリックがあります。

楽しい

やっぱりなんだかんだ言って、「楽しい」これに勝るものはありません。

人は易きに流れる。人は簡単なものと同時に楽しいものに流れる性質があります。これは私たち人間が、人間であり続ける限り不変のものです。

上の例で使命感とうたっている人は、おそらくその過程で楽しさを発見したから続けているのだと思います。使命感は確かに短期的に強い力が発揮されますが、長期的に見て続くものではありません。続くものは「楽しい」と思えるものに従事していることです。なぜなら「楽」を求めるのが人間の習性だからです。

才能があれば楽しいと感じる人がおおいです。しかし才能があるのに楽しいと感じない人もいるのも事実です。これは逆もしかり、才能がないのに楽しいと感じる人もいれば楽しと感じない人もいます。

この楽しいと思う感覚というのは、内側にあります。周りの影響を受けないということです。外の影響があるのであれば、才能もないのに楽しいとおもうというのは理屈に合いません。そして使命感とは違い、内側にあるものというのは外側から影響を受けて変化しません。だから楽しいと感じるものは強いのです。

少しまとめると

何かをやりたいと思いを決心してその道に突き進む。しかし時間とともに熱が冷め、くじけそうな気持になります。本当にこの道でいいのだろうか、やはり自分には無理ではないだろうかと。

そこで才能・使命感・楽しさを考えます。才能があればくじけることはないでしょう。使命感がありくじけそうな場合は、早くその中に楽しさを見つけることです。楽しくないことは意外と少ないです。単純作業であっても次は半分の時間でやるなど目標を立ててゲーム感覚で取り組む。そうすると楽しくなってきます。

繰り返しになりますが楽しいと思う心は内側にあり、自分で変えることのできる数少ないものです。そして逆に外からは変えることのできない強いものです

本当に物事というのは考え方ひとつで変わるんだなぁとつくづく思わされます。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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