年齢を重ねるたびに時間が早く感じるのはなんでだろう。ふとそんなことを考えていました。全世界1日24時間1年365日老若男女与えられた時間は同じです。人によって1日36時間とか100時間などという違いはありません。お金を出せば時間を足してくれるということもありません。全ての人にとって時間は平等です。ですが長く感じる人もいれば短く感じる人もいます。
目次
人の生死
人は必ず死にます。例外はありません。歴史上今まで生物学上死ななかった人は存在しません。このことは誰もがわかっていることです。
生まれてすぐ死ぬ赤ん坊もいれば、お母さんの体内で生まれることなく死ぬ胎児もいます。
逆にそんなに病気もすることなく健康に100歳以上まで生きる人もいます。人によって寿命は違いますが、不老不死ではありません。
もし不老不死であれば、子供をつくる能力は人間に備わっていないことでしょう。死なないということは誰も生まれないということなので、自分が存在しないかもしれません。
不老不死になったとしたら、とてつもなくつまらないものであると思います。人生はいつか終わるからこそ感動があるものになるのです。
寿命が短い人と長い人は生きている時間に差がありますので、そういった時間の差の事ではなく、同じ時間でも短く感じるか長く感じるかの話です。
年を取れば時間が短く感じる理由
年を取ると時間がたつのが早くなると昔聞いたことがあります。その時はそんなもんかなと思っていましたが、今になると少しわかる気がします。
小学生の1年の頃はすごく長く感じたのに対して、今はそのころに比べると時間の長さが短く感じるのです。このように時間が早く流れるか遅く流れるかについては過去を思い出してそう感じるということだと思います。
人は未来を体験することはできません。また現在も時間が長いか短いかは、わかりません。楽しいことをしていれば時間は短く感じて、つらい苦しい思いをしているときは時間が長く感じるというのはその時だけの問題です。
辛い記憶は数年後振り返れば一時の事だったと思い返すことになります。人間はつらい記憶は消えるようになっているからです。
時間を決めるのは過去の記憶
現在の自分を創っているのは過去の記憶です。
過去の学習した記憶から基づいて、現在行動しています。
例えば、何かをして失敗するとします。その失敗は自分にとって不利益なものである場合、人間はそれを避けようとします。次に同じことにならないようにする行動をとります。
逆に何かをして利益を得たり、楽しかったことがあったとします。それを繰り返したいために、同じことをします。
このように過去にあった良かったことや悪かったことを思い出し行動に移します。本を読んで行動するというのも過去の記憶をさかのぼっています。
こういうことをやると良くないと書いていたな。やらないでおこう。
などです。
賢い人になると他人の事が自分のように感じることができます。共感性というものです。
「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがあります。これができるのは共感性のある人だけです。
他人が過去どのようなことをしてきたかによって現在があります。現在のその人をみて、良し悪しによって自分のとる行動をきめます。
これら過去からの経験をもとにする行動と同じように、時間の長短も過去を遡って判断しています。
感動が時間の長短を左右する
時間を決めるのが過去の記憶です。そして時間の長短に最も影響してくるものは「感動」です。
感動とは
・強い感銘を受けて深く心を動かすこと。
・人の心を動かしてある感情を催させること。
・他からの刺激に反応すること。作用を受けて動くこと。また動かすこと。
引用:日本国語大辞典
過去を振り返った時に感動したりする良い出来事は長く感じます。
小学生の頃の方が長く感じたと今思うのは、昔の方が現在より感動している数が多いということが言えます。様々な経験をし続けていれば、後になり振り返えった時に時間が長く感じます。
大人になってから、就職したての頃より近年の方が時間を短く感じている場合、就職当時より新しい経験や感動が少ないということになります。
新しい経験をしたり感動したりするということは、常に新しいことをし続けなければいけないということになります。それは成長し続けながら生きることだと思います。
ですので時間が長いか短いかを決めるのは過去にさかのぼり感動の大小で決まるということになります。
最後に
感動は人生の感覚的時間の長短を決める要因となります。
感動を味わえる物事や人を発見したら大切にしたいものです。
感動する出来事で埋め尽くしても、それでもやっぱり思い返せば人生は短かったと思うに違いありません。それが分かっているからこそ、今を大事に生きるのです。