健康

病気を治すのは医者ではない。原因がどこにあるのか突き止める

2020年1月26日


今回は病気を治すのは医者ではないということをテーマに考えてみました。

病気を治すのはその人自身であり他の誰でもありません。これは当然の事実で改めて言うことではありませんが、世の中のシステムや年配の方との会話で分かることはそれは非常識な事であるということです。一部の人達は今もなお医者が病気を治すものであると信じています。

全ては自分が原因

この項は少し厳しい言い方になるかもわかりません。ですがせっかくここにたどり着いていただきましたので、こういうこともあるんですよってことで読んでいただければと思います。これが理解できれば、病気を防ぐことや治すことに繋がります。私がこのブログで【考え方】というカテゴリーで様々な角度から考え方を述べています。それは心と体は密接なつながりがあるからです。心を健全に保つことで病気を遠ざけるることができるからです。心を健全に保つためには真理を見る目や考え方が大切になってきます

この記事を読んでいる方は、病気を治すのは医者ではないということを知っている事と思います。これは考えれば当たり前の話で、きっかけは外からくるものかもしれませんが、種がなければ実りません。要するに原因は全て本人にあるわけです。

自分が原因を持っているために病気は起こります。風やインフルエンザを例にするとわかりやすいです。もし、ウイルスが100%原因であれば全ての人が発症するわけです。しかし発症する人としない人がいます。それはその人の免疫力が強かったり弱かったり、感受性が強かったり弱かったり、全てその人が原因です。

難病というものは原因や治療法が確立されていません。ですので難病と言います。この難病とされるものも全て自分のせいで生じています。その人が悪いということではなく原因がそこにあるということです。私にも人には言えない難病があります。それもすべて自分自身が原因です。

この本質がわからないと「なぜ自分だけがこんな目に・・・。」「あそこの病院は病気を治してくれない」と言ったりします。これを愚痴と言います。

愚痴とは
愚かなこと。無知によって惑わされ,すべての事象に関してその真理をみない心の状態をいう。
引用:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

愚痴は幸運とは全く正反対の場所に位置します。愚痴を言うこと思うことで負のエネルギーをまとうことになり、更に悪い原因を自分の中に作ることになります

病院はサポーター程度

原因は自分であれば、その原因を取り除くのは自分です。例えばがんになったとします。そのがんは結果であり、原因ではありません。がんを切除したとしても原因を取り除かない限り再発することになります。

元々がん細胞は全ての人にあり、増殖するかしないかの問題です。その事はまた別のところで書きたいと思います。

医者もまた、自分達には何もできないと全てを分かっていてやっています。医者になるほとんどの人が頭のいい人です。分からないはずがありません。ごくごく一部の医者が高慢で自分を神か何かと勘違いしていていますが、殆どの人がそんなこともなくいい人です。しかし、身分が保証されていてそれを維持するためであれば、本当は良くないとわかっていても薬を処方したり、がん細胞にメスをいれたりするのが人間の怖さでもあります。

最初は志高くして医者になろうとしていたけれど、実際になってみるとお金を稼がないといけないとか様々な思いが出てくることと思います。そして病院の経営の事を考えれば、患者というのは経営のための道具にしかすぎず、そこには患者の健康など想いはありません。

本来健康になるということはお金のかかることではありません。日本の医療は経済を回すために存在してそこには患者の健康など、はなから存在しません病人を増やすための政策もうたれていて、そのことに気づかない人達が犠牲になるのです。病気をする人が多くなれば病院が流行り、薬も良く売れます。こういうことは当然発信する側や利益を受ける側は知っていて、知らない顔をしているのです。こういうのを見るとなんだかなぁって思うわけです。

私たちはどうすればいいか

私たちはどうすればいいかというと、ただ知る事それしかできません。せいぜい自分の周りの人をどうするかそれくらいしかできることはありません。例え一国の長日本でいえば総理大臣になろうとも、時代の流れは変えることはできません。変わったと思ったことがあったとしたらそれは、それを許すときに差し掛かったから出来たことであり、様々な状況を見極めなければなりません。

人はそれぞれ役割があり、その役割に沿って生きています。自分が生きているという意思があってないようなものです。自分というものは自分であって自分ではありません。何が言いたいかというと、いくら時代の波にあらがおうが、何もできないということです。様々な情報から取捨選択し、自分なりの仮説を立て、信じることをやるのみです。

科学的根拠(エビデンス)があるからとか様々なデータを持ち出して正当化しようとも、それも時代によって変わってくるものです。こちらの記事は科学的根拠よりも感覚や直感が大切であるという内容です。

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いつの時代も感じることが全てにおいて先立っています。数少ない間違いを指摘されたからといって、人間の感覚や直感という能力を封印することは勿体ないことです

まとめ

病気と思われているものは結果であり原因ではありません。そして病気の原因は自分自身にあり、原因を取り除けるのもまた自分しかいません。

現在の日本の医療は商売であり、患者の健康ははなから頭にありません。真理を見極めることなく愚痴を発すると、更なる原因を作り自分を苦しめることになります。

時代の流れに逆らうことは出来ません。声を大きくする必要もなく、ただ自分の近くの人の事を気遣うそれだけで十分です。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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