考え方

長所を伸ばす前に確認すること。長所は短所になり得る

2020年4月16日

長所を伸ばすことは良い事とされています。しかし、その長所が実は短所だった場合どうでしょうか。それは伸ばす必要はありません。今回は「長所は短所になり得る」というてテーマで考えてみました。

長所を伸ばそうと思う前に確認することがあります。それは、本当に長所なのかということです。

以前「短所は克服するべきではない」という記事を書いていたときに長所についても同じことが言えるのではないかと思いこれを書くことにしました。短所が長所になり得るのと同時に、長所は短所になり得ます。

少し詳しく見ていきます。

長所といわれるもの

人の長所は常に良いところを見つけようとしていないと、なかなか目につきにくいものです。その中で一般的に長所と言われるものを見ていきます。

長所
すぐれている点。よいところ。とりえ。美点。
抜粋:大辞林 第三版

長所というのは誰にとって良いところなのかというのが大切です。周りから長所と指摘されることは、周りにとって都合がいいだけで、本人にとってみれば都合の悪い事もあります。

素直に人の意見を聞き入れる

何でも「はい」と素直に聞き入れることは子供の時に教わりました。「素直になりなさい」「正直でいなさい。」と教わりました。本来は大人の都合であり、本当に子どもの事を想っての事ではありません。素直であれば、コントロールしやすいので、学校や家ではそれが素晴らしい事のように教えます

決してコントロールされることは悪い事ではありません。社会に出て会社に勤める場合、コントロールされやすい人が好まれます。日本ではいちいち自分の意見を言ってくる人は好まれません。何でも素直に「はい」という人が好まれます。上司に好かれれば、出世や昇給にも大きくプラスに影響してきます

人は年齢を重ねるにつれて自分の考えというものが固まってきます。そして、自分の考えを抑えて人の言うことを聞き入れる事は難しくなります。その中で素直な人というのは稀有であり価値があります。社会的地位や収入面で高いものが得られる可能性もあり、それだけをみれば長所であるということが出来ます。

しかし、長所に思えても、長所でなくなることがあります。それは他人に利用されやすいということです。上司や権威のあるものに対して言われるままとなり、例えおかしいと思っても聞き入れることが癖になっているため、逆らうことはありません。少しおかしいと思っても、自分の意見を抑えるということは、現実と頭の中とが違うわけです。この状態は非常にストレスなものとなり、人によっては精神疾患を患うこともあります。

人にいいように利用され、自分の思うように行動できず、精神を病むことは誰がどう見ても良い事とは思えません。一体誰のための人生を歩んでいるのかと自問自答し、遂には自分はダメな奴だと否定することにもつながります。

このような状況に陥る性質がある以上長所ではなく短所だということが出来ます。

根気よく継続できる

短所のところとかぶりますが、一見根気よく継続できることは良い事のように思います。それは継続すればある一定の成果が出るからです。すぐに辞めてしまえば、良い結果が出そうなものでも、そこまでたどり着きません。ですので継続できることは良い事だとされています。

ところが、自分の嫌いな事であっても継続してしまうことがあります。「途中で辞めることはみっともないと周りから思われる」と思うため、やめたくてもやめれないのです。好きな事ではないので当然成果も思わしいものではありません。そしてストレスがたまります。

成果が出にくいものに自分の人生をかけることは決していいことではありません。嫌いな事であればなおさらです。毎日が地獄のような日々になります。更に自分が常に我慢をしていると、人は他人にも同じことを強要します。自分が不幸になるだけではなく、他人にも不幸をまき散らす存在となります。

このような状況になる性質のものは長所とは言えません。明らかに短所であるといえます。

人付き合いがよい

友達の飲み会などの誘いを受けたことがあるかと思います。その中で、毎回出席するような人がいます。まるで得意先の接待をするかの如く、毎回参加するのです。それが楽しいのであればいいのですが、付き合いで参加するという人もいるかと思います。そういう人は、周りに人付き合いが良いと思われています。

良かれと思って飲み会に参加していても、毎回参加しているとその人の価値は下がります。なぜなら参加して当たり前になるからです。ついには幹事までさせられる羽目になり、人付き合いが良いという長所を生かすため、断ることはできません。

幹事をしたところでみんなから感謝されることはありません。言葉でありがとうと言っておけばいい。それくらいにしか思われていません。

参加することが当たり前になっていれば、たまに急な用事で来れない時には、なぜ来れないのかと来れないことを責められることになります。なぜなら、参加して当たり前な価値の低い人だからです。

このような状況になることは決して長所だとは言い難いものがあります。むしろ短所であるといえます。

間違って長所を伸ばすとどうなるか

長所を伸ばそうとすることは良いことです。それが本当に長所であるならばという仮定の話ですが。もし、間違って長所だと思っていたものが短所だった場合、悲惨なことになります。

素直に聞き入れることを伸ばす

常に自分を抑えることを習慣にすると、自分の意思がないことが当たり前になります。勿論心の中では自分の考えはあるのですが、それは常に表に出ることはありません。それで楽しい人生になればいいのですが、そうならない場合誰の責任になるでしょうか。

人の意見を常に取り入れることをすれば、当然その結果は全て人の責任にしたくなります。自分で選択しておきながら他人のせいにするという非常に情けない結果になります。

私の場合は、他人の言うことを聞いてうまくいくよりも、自分の思ったことを言ったりやったりしてうまくいかない方が生きているという感じがします。

もちろん、人それぞれ考え方や価値観が違うので、この考え方が100%良い方向に行くとは思っていません。人にコントロールされて何でも人のせいにする人生もいいのかもしれません。

根気よく継続できるを伸ばす

根気よく継続するこを素晴らしいとしてしまうことで、時間の無駄になる可能性が高くなります。なぜなら、その人に合っていることは限られているからです。それを見つける作業をするときに、無駄に継続していてはいつまでたっても次にいけません。

人生は有限で、今もなお死に向かって時計の針はすすんでいます。自分のやりたいこと、やるべきことをみつけるためには、なんか違うと思ったら違う道にすすむ勇気も必要なのかもしれません。

人付き合いがよい

人付き合いをを大切にすることは決して悪い事ではありません。しかし、行き過ぎるものは、自分の価値を下げるものとなります。人付き合いがいい人は一見善い人の様に思います。ところが自分の事を悪く思われたくないだけという人は意外と多いです。

実際には、人付き合いをして価値の低い人間だと思われれば、それは悪く思われている事になり、良い事ではありません。無理に人付き合いを続けていれば当然時間も無くなります。本当に時間をそこに費やす価値はあるのかということを考える必要があります。

仕事でないのであれば、無理に人付き合いをする必要性はありません。楽しいから付き合う、楽しくないから付き合わない。それで十分です

まとめ

長所を伸ばそうとする際、本当に長所なのかということを改めて考えてみます。

一言で長所と言っても、誰にとっての優れた点なのかということも大切になってきます。周りから見た長所というのは本人にとって良くないことが多々あります。

無理をすると、時間も奪われ精神的にもおかしくなります。人はそれぞれ違い、今そのままでも十分優れているものです。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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