考え方

嘘は本当にいけないのか?正直に物事を言うということを考える。

2019年12月12日


人は生きていれば、大なり小なり嘘をつくことがあると思います。嘘をついたことがない人は、いないのではないでしょうか。しかし正直に言いたいけれど、それを言うと立場がなくなったり人と対立したりすることがあります。正直に物事を言うことと嘘をつくことについて考えてみました。

結論を言うと、条件付きで嘘をつくということは時として人間にとって必要なことです。それを否定するということは人類の進化・繁栄を否定することになります。

いつから人間は話すようになったのか

人間は約4~5万年前に言語を獲得したといわれています。それまではテレパシーのようなもので仲間とのやり取りをしていたのだと推察されます。

テレパシーとは
視覚や聴覚など通常の感覚的手段によることなく、直接、自分の意志や感情を伝えたり、相手のそれを感知したりする能力。精神感応。思念伝達。遠感。霊的交感。
大辞林 第三版

言語の獲得によって、自分の考えや気持ちなど複雑なものを正確に伝えることができるようになりました。一方で、テレパシーのような能力は必要なくなり、この力は衰退してしまいました。

正直に話すこと

正直に物事を言うと気持ちがすっとします。そして正直に話す人に魅力を感じる人も多いことでしょう。それは稀有な人だということと同時に、憧れというものもあるでしょう。

しかし日常生活の中で全て思っていることを正直に言葉にしていたら、おそらく生きていくことは出来ないでしょう。例えば嫌いな人がいて、「お前嫌いやねん、消えろ。」などといちいち言葉にして出せば言い争いになるかもしれませんし、場合によっては命にかかわる事件に発展しかねません。会社であれば同僚に嫌われ取引先にもそれが及べば会社にとって大損害となるので、そういう人はそこに長くいる事は出来ないでしょう。

もしなんでも正直に物事を言うのであれば、言語は必要ないはずです。

進化の過程で、テレパシーを特化すればよかったのです。しかしそうしなかったのは、種子保存という動物の本能からでしょう。言語を使うからこそ、文明が発達してきたのです。

嘘をつくということ

嘘をつくということを考えてみます。嘘というのはうまく周りとやっていくためのツールで、テレパシーだけだったら人間という集団はここまで大きく発展しなかったでしょう。もっと人口も少ないはずですし、人間という種族自体が絶滅して存在していなかった可能性もあります。当然悪意のある嘘やその人を陥れるような嘘はダメです!

嘘も方便という言葉があります。
方便というのは、周囲の人を良い方向に導くためにとる手段のことを言います。周囲の人を良い方向にというところが大切です。自分のためではない、というところです。

嘘であっても、それをすることによって周りがうまくいくということであれば嘘をついても問題になることはないはずです。しかし危険な面もあります。それは嘘をつく人が方便と思っていたことでも、実際にはそうではないということも起きうるからです。ですので方便というのは諸刃の剣のような側面があり、あまり頻繁にやるものではないということも言えると思います。

人間のコミュニケーション手段

人間のコミュニケーション手段は言葉だけではありません。それは仕草や顔の表情、文字などがあります。言葉なしにこれらを使って相手に自分の気持ちを伝えたりすることもできます。また言葉とは真逆な意思を伝えたりすることも可能です。

例えば
「大好き!」
「大嫌い!」
これを言葉にするとそのままの意味です。

しかしこうするとどうでしょうか。
「大好き!(怒)」
「大嫌い!(笑)」
大好きと言葉にして本当にそのままの意味でしょうか?
大嫌いと言葉にして本当にそのままの意味でしょうか?

同じ言葉でも、真逆の意味になったりするわけです。

言葉だけで見たら、これは嘘に当たります。正直に言うという点に関してはうそつきですが、この短い表現で様々な意味が感じ取れるわけです。

人間は言葉だけに頼ってコミュニケーションをとっているのではないという事が分かります

何でも本当に話すのがいいとは限らない

相手が気にしている事であれば本当のことを言わなかったり、嘘をついたりします。それは逆の立場であれば、傷つくとわかっているから、躊躇してそのようにするのです。

軋轢を生まないために言葉があります。もし本当のことをいったら嫌われることが多いでしょう。もちろんそういう人はまれです。まれでなければ、毎日そこらじゅうで争いが起こっているはずです。そして文明も発展してこなかったでしょう。

正直に物事をいうということは、さぞかし気持ちの良いことと思います。自分の気持ちをそのまま表現するというのは気持ちいいものです。

しかし「だって本当の事なんだから」といい他人を傷つけるという行為は人間として人の気持ちがわからない人なんだなぁと私は思うわけです。自分がその立場になれば、ということを考える力がない(想像力の欠如)ということになります。もしその人に知ってほしいのであれば、違う方法で気づかせるべきなのです。

はなから嫌われてもいい相手であれば問題はないと思います。どんどん本当のことを言って嫌われればいいと思ます。

「言わなきゃわからない。」ではなく、伝える能力がないだけです。言葉は文明を発達させるためのツールであり、人間は言葉だけでコミュニケーションをとっているわけではありません。そして言葉は上の例のように、その言葉とは違う意味や真逆の意味を持たすこともできるわけです。他人を平気で傷つけて「俺は正直ものだ!」と胸を張るのはあまりにも滑稽であるといえます。

問題なのは、言葉だけではなく状況や空気などから本当の伝えたいことを受け取る能力を身に着けることが必要になります。

最後に

人間は言葉だけでコミュケーションをとっているわけではありません。

本当のことを言うか嘘を言うかということではなく、人を傷つけない労わる気持ちが大切です。人を傷つける場合それが本当の事であっても言わないし、人を癒したり良い方向に導くためであれば嘘であっても言う場合があります。

人それぞれで正義が違い、どこに正義を置くかで考え方が変わってきます。自分の正義に従って考え行動すればいいと思います。

ただし嘘は諸刃の剣の側面を持ちます。また使い方を間違えたり多用すれば単に信用を無くし、自分を滅ぼすことになることも覚えておきたいところです。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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