考え方

思い込みや先入観を持つことの弊害

2020年2月12日


私たちは思い込みや先入観に支配されています。これらは、自分の成長を妨げるばかりでなく、自分を苦しめる元になるものです。今回は思い込みや先入観について考えてみました。

思い込みと先入観の違い

思い込みと先入観という言葉は同じような感じがします。ここで意味をみてみたいと思います。

思い込み
1そうだとばかり信じきっていること。
2それ以外にはないと固く心に決めること。
引用:大辞林 第三版

例えばやったこともないのに自分にはできないと思うこと。これは思い込みになります。

先入観
前もってつくられた固定的な観念。それが自由な思考を妨げるときにいう。思い込み。先入主。先入見。
引用:大辞林 第三版

やったことがあり、その時はうまくいかなかったため、このことに関しては何をやってもうまくいかないと思うこと。これは先入観といいます。実はやり方が悪かっただけとか、ものの見方が間違っているためにうまくいかなかっただけかもしれません。ですので先入観というのはあまりいいイメージがありません。

思い込みや先入観は使い分けるということはしない人も多く、意味も通じますので問題は無いかと思います

人生経験を積めば積むほど強くなる

人は生きている年数が長ければ長いほど思い込みや先入観が強くなります。それは様々な経験をすることで実行する前から大体分かるからです。この能力はほぼ外れることはないため、更なる自信に繋がり、思い込みや先入観が自分の中で正当化されていきます。

これは読書においてもそうです。よく本を読む人に共通の能力が備わります。それは、人を見ただけで大体どんな人かが分かるということです。これは不思議な事で議論する余地はないのですが、これも当たっていることが多いのです。

初対面の人と会う。

話す前に大体こんな人だろうなと思う。

実際に話していろいろ聞いてみる。社会的地位や周りの環境など

大体当たっている

この能力は本物だと自信を深める

しかしこれらの能力は裏切られることもあります。100%ではないということです。

なぜ決めつけるのか

思い込みや先入観は結構当たってしまうという他に、決めつけてしまう要因があります。それはだからです。「人は易きに流れる」といいいますが、楽な方楽な方に行きがちです。それ自体は特に悪い事ではありませんが、楽だと思った方に行って自分を苦しめるということも多々あるため問題になるのです。

例えばテレビなどは良い例です。テレビはこちらが許可していないのに永遠と話し続けます。私にとってはその音は非常に耳障りで嫌いなため、家にテレビはありません。流れてくる情報を聞くという行為は非常に楽です。しかし、それを続けていくとそこから流れてくる情報に疑問を持つことは無くなります。そして自分で情報を精査することはしなくなります。

この記事を検索から訪れた方は、一方的に流れてくる情報を鵜呑みにする人ではありません。なぜなら自分から行動し情報を得ようとしているからです。そしてこの記事を読みながらも、「そうかな?」という気持ちを抱いている事と思います。

ここは私の思いを綴っているだけで、それがすべて正しいとは私自信も思っていません。それは人それぞれ考え方が違うからです。いろいろな情報を手に入れ、おそらくこれが正しいだろうという自分の考え方を構築していく、それが本来あるべき姿です。ただ、この記事が参考になれば幸いです。

流れてくる情報をそのまま信じるということは楽です。ですが、発信する側にコントロールされる可能性が高いです。可能性が高いというより、コントロールされます。

この様に決めつけるという行為は考える力を使わないため、非常に楽なのです。ですので、人は決めつけがちになるということです。

医療現場に学ぶ

医療の現場では「1%は100%」という言葉があります。

ある医者がいたとします。その人がする手術は100回やって1回失敗するとします。99%の成功率です。これだけをみれば素晴らしい医者であるということがいえると思います。しかし手術というのは患者の命と直結することが多々あります。患者の立場に立って99回成功したうちの中に入ればいいですが、1回の失敗の中に入ったらたまったものではありません。

手術が失敗して患者が亡くなった場合、医者にとってみれば1%でもその人にとっては100%の出来事です。だから例え1%であっても失敗することは許されません。

これと同じような感覚で、決めつけることによって、大切な事を見誤る可能性があるということを肝に銘じておかなければいけないということです。

自分の能力で大体当てることができる。しかし外したものが大切なものである可能性は無いか、それを見極める能力というのも必要になります。

時間を空けたら感覚が変わっている

食わず嫌いという言葉があります。食べたことがなく味も知らないのに、嫌いだと決め込むことをいいます。そしていざ食べてみると意外とおいしかったりするといった経験をしたことはないでしょうか?

必要に迫られてやってみたら、意外と楽しかった。楽しいから続けていたら上達した。ということは意外と多いです。例えば私の場合は文字を書くことは今までしてきませんでした。本も読んできませんでした。しかしそれをやるしかない状況に追い込まれました。

意外と本を読むことは楽しいことに気づき、そして文字を書くこともやれば上達することが分かってきました。このブログも達人の方々に比べたらまだまだで比べる意味もありませんが、最初の自分の書いたものと比べると大分とましになってきています。

それはやってみたから分かることで、自分の思いは間違っていたということになります。今となってはその大切さを知るために今まで残しておいたという解釈をしていますが(笑)。

どうして出来ないと思っていたかというと、以前にやったことがあるからです。本を読んでみたこともあったし、ブログのようなこともやったみたことがあったからです。その時は全く出来なくて楽しいとも思わなかった経験があったので自分には出来ないと決めつけていました。しかし何年後かにやってみると全く違う感覚になっていました。なぜかと考えたとき、それは人は成長するからです。成長するということは変化するということです。変化すれば以前の自分とは違うわけです。であれば不可能だったことも可能になっているかもしれません

例えば子供の頃にピーマンが嫌いだったとします。しかし成長し体も味覚も変化し、今では逆にピーマンがおいしく感じるという人もいると思います。昔はあの苦さが苦手だったけど、今では酒によく合うとか。それと同じように、昔だめだからといって人生永久にあきらめる必要はなく、レッテル張りをする必要はありません。時間を空けてやってみると意外といけたりすることもあるのです。

まとめ

人は、思い込みや先入観によって物事を決めつけようとします。その理由は結構な確率で当たるし楽だからです。

しかし思い込みや先入観は外れることがあり、その場合はチャンスを逃すことになります。自分を成長させたい人や可能性を広げたい人は、思い込みや先入観をたまには疑ってみることも必要なのかもしれません。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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