考え方

意義を説明する重要性を解説します

2020年4月13日

人に何かをやってほしいとき意義を説明することがあります。それは時間がかかり、根気のいることでもあります。今回は「なぜわざわざ意義を説明する必要があるか」というテーマで考えてみました。

意義を説明する理由は本人に自発的に行動してもらうためです。その結果、こちらが楽をすることができます

少し詳しく見ていきます。

意義とは何か

意義とは
1.ある言葉によって表される内容。特に、その言葉に固有の内容・概念。
2.物事が他との関連において固有にもつ価値や重要性。
抜粋:大辞林 第三版

よく意義は価値という意味で使われます。例えば「やる意義はあるのか」「自分の仕事に意義を感じる」という感じでつかわれます。

価値を分かるのは本人なので、本来意義を説明するという日本語はおかしいのかもしれません。ここでは、意義を感じてもらうために、説明する重要性についてです

教育するときに使われる

意義を説明することは教育をするときに使われます。人はやる価値があると思えば、自ら行動に移す生き物だからです。意義を説明し行動を促します

子供にさせる

子供は大人よりも気持ちに正直です。好きなものであれば、何も言わなくてもやるのに、嫌なものであれば、やらないといけないものでもしようとしません。

例えば勉強をして欲しいとします。子供の中には勉強が好きな子供がいます。楽しく教える親や先生の存在があることは大きいです。本来は好きにさせるように持っていくのが理想ですが、うまくいかない場合もあります。どれだけ楽しい授業をしても本人が楽しくなければそれが全てだからです。

楽しさを教えることが出来ないのであれば、次は意義を説明します。勉強するにはどれだけの価値があるのかということです。また、逆に勉強が出来なければ、どれだけのデメリットがあるかということも同時に教えます。

価値があるということでは、勉強が出来れば様々な職業を選ぶことが出来ます。その学校に通うことが出来ます。ところが、そこまでイメージできる子供は少ないため、ネガティブな要素も同時に教えます。

例えば、勉強が出来なければ精神的苦痛となり、学校では居残りをさせられたり、様々なデメリットがあります。そういうことを説明します。信頼関係があればこれで十分わかってもらうことが出来ます。それで分からなければ、一度そのような状況になればいいのです。無理に言うと勉強がさらに嫌になり、永遠に勉強しなくなります。

勉強というのは大人になってからも続くものです。小学生や中学生ごろまでに落ちこぼれることが出来れば、勉強の大切さに気付くのかもしれません。長期的にみれば決して悪い事ではありません。

最近はコロナウイルスが世間をにぎわせています。手洗いうがいは基本的な予防法の一つです。家に帰ったら手洗いうがいをしましょうといっても、意味が分からなければ、やりません。手洗いうがいは楽しいものではありませんので、好きだから自ら進んでやるというものではありません。であれば、意義を説明する必要があります

手洗いうがいをしないことで起こるデメリットをしめし、手洗いうがいをする意義を説明します。

子供の場合は親と同じ行動をとるので、勉強させたければ自ら姿を示し、手洗いうがいをさせたければ自ら姿で示すのが一番ですが、それに意義を加えれば、その姿を見せずとも勝手にやりだすようになります。習慣となれば、しめたものです。やめろと言ってもやめることは出来ません。そうなれば、いちいち言わなくても勝手にやるため、楽になります。

部下にやってもらう

自分の好きなことでなくても意義のあるものは自ら行動を起こすものです。

上司からただいわれて仕事をこなすよりも、なぜその作業が必要なのか、今からする行動はなぜ必要なのかを教えてもらえれば、行動の質や取り組む思いも変わってきます

大人になれば、優秀な人であれば、自分でその意義を発見する人もいます。周りから見て、泥臭い仕事だと思われることでも進んでしている人がいると不思議に思うものです。しかし、本人は確かな意義を見出して取り組んでいることが多いです。それは表情や行動に表れてくるものです。

そのことが周りの人を刺激し良い雰囲気をつくります。意義が分からない人には教えてあげます。それによって気づくことが出来れば、やりがいに繋がり仕事の質も上がるに違いありません。

周りの人に手伝ってもらう

プライベートで人に手伝ってもらうことがあると思います。何故そんなことをしなければいけないのか、意義を示すことで協力を得られやすくなります。

例えば町内会で集まることがあれば、なぜ集まるのか、そこで何を決めてその価値はどれだけのものなのかを示すことで、前向きに捉えることができ、物事もスムーズに運ばせることが出来ます。

説明しなければ時間が奪われる

意義を示したり、説明したりすることは時間のかかる行為です。誰もが自分の時間を費やすことは嫌です、ところがそれを怠っていると、更に時間を奪われる結果となります。

上で挙げた例でもし意義が分からないままでいた場合

子供には、「ずっと勉強しなさい」とか「手洗いうがいしなさい」と言い続けなければいけません。いつまでたっても自立してもらえなくなり、親の時間は奪われる一方です。叱られるからやるということでその場を逃れても、気を抜けばやらなくなるため子供のためにもなりません。

部下に何かをしてもらうにも、いちいち指示しなければやらないため時間が奪われます。更に質も低いままです。質が低いので会社にとってもプラスにはならず、部下自信成長しないため本人にとってもプラスにはなりません。意義を説明し分かってもらうことがみんなの為になります。

周りに手伝って欲しいと思って声をかけても手伝ってもらえなくなります。そうすれば更なる時間が奪われることになります。意義を感じなければ、ただただ当事者間の信頼の消耗戦になります。「何だかわからないけどあの人が手伝ってというから仕方がないので手伝おう」という感じです。そのうち、その感情は「貸し」になります。一方で、手伝ってもらった方はそうは思っていません。

手伝った方は、いつしかこれだけやって上げてるのにという気持ちが強くなり、双方バランスが取れない関係になります。意義を感じない状態で続けることは、信頼関係にひびが入る最初の段階です。

意義を示し説明することは、最初は時間を使うことにはなりますが、自発的に行動してもらえるようになり、結果的に楽になります

まとめ

意義を感じてもらうために説明することは、後々自分が楽になるために必要なことです。

人は意義を感じることや楽しい事でなければ、自らすすんで行動に移しません。意義を感じないことで意識のずれが生じ、双方の信頼関係が崩れる原因となります。

意義を説明することは時間のかかることです。しかし、「めんどくさい」や「どうせ分かってもらえないから」とないがしろにすることは、後々大きなしっぺ返しとして自分に返ってくるものです。

  • この記事を書いた人

宮野 功次

1986年1月8日生 健康・生活に関する役立つ知識や情報を発信していきます。 鍼灸師・柔道整復師 /コメントいただけたら喜びます。

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