人生の目標に成長すること掲げて日々暮らしている人がいます。このブログでも度々成長しないことは不幸であるという事を書いてきました。ではなぜ不幸なのかという事を改めて考えてみます。
成長しない人生が不幸である理由は、嫌になるからです。嫌なことをしている状態というのは辛いです。生きているのが嫌という状況は不幸と言わざるを得ません。生きている以上楽しく過ごしたいものです。ですので、日々成長することを意識する必要があります。
「嫌になる」という事を考えるうえで「飽きる」という言葉に注目してみます。
目次
同じことを繰り返すと飽きる
全てが同じだと想像してみると怖いです。朝起きてから寝るまでが同じで、次に何が起こるのかもわかっている。朝起きて会社に向かう途中の風景、すれ違う人、人と話す内容全てが同じだった場合飽きないでしょうか。
飽きる
1.同じ物事が何度も続いて、いやになる。いやになって、続ける気がなくなる。
2.満ち足りて、これ以上はいらなくなる。
3.動詞の連用形の下に付いて、いやになるほど十分に…する意を表す。
抜粋:大辞林 第三版
飽きるという事は何回も同じことを繰り返すことで起こります。同じことが続くという事は成長しないことになります。成長するという事は以前の自分と変わっているわけです。そこに変化があり感動することにもつながります。
同じようなことは同じではない
同じようなことをしていても飽きないものがあります。それは成長している証です。
ブログの投稿
このブログを例にすれば、毎日記事を上げるのは同じことのように思います。ところが毎日やっていると、もう少しこうしたらいいとか、ああしたらいいとか、改善点が出てきます。以前に書いたものを読んでいると、「何を偉そうなことを」と恥ずかしい気持ちになり削除したくなることも多々あります。
記事をアップロードするときは一切そういう気持ちはなく、素晴らしい!上出来だ!と思ってあげているのです。上出来だと思っていたものが時間を空けてみると、そんな大したことはないと思う。むしろ、良くもまぁこんなものをインターネット上に公開したものだと思ってしまうのです。
以前と違う感覚が味わえるというのは飽きることがありませんし、嫌になることもありません。
部活などのスポーツ
例えば野球をやっていたとします。野球の練習がつらくてやめるという事はあっても、野球が飽きたといってやる人はいません。本気で取り組めば取り組むほど飽きるなんていうことはありません。
仲間が集まれば、もう少しこうすればいい、ああすればいいという意見が出て常にチーム全体が上に行くようにみんなで盛り上げます。飽きていれば、意見が飛び交うこともありません。
練習の一環で走ることは良くあります。その練習が飽きたというのも同じことがいえます。その選手はおそらく上達は遅いでしょう。なぜなら毎回同じと思っているからです。
走るにあたって毎回同じなど有り得ません。その時の天気や気温、自分自身の体調や、その時の走るスピード、その後の疲れなど、気を配ればいくつも違うことがあり、新しい発見があるはずです。走り方を少し変えてみたら、きつくなったけど、下半身の強化には良かったなど。毎回何かしらの気づきがあるはずです。
なぜか今日の球速がいつもより遅いとか、なぜ遅いのか理由が分からない場合、悩むことになります。悩んでいる間は成長の過程です。そういうものが全くなければ、本当に飽きたという事になり、続けることが嫌になります。
雑用をこなす
新入社員はありとあらゆる雑用を任されることがあります。すぐに戦力にならないからという事もありますが、雑用から仕事は始まっているので、何をやっているのか理解するためにも必要なものです。
ところが、やらされている感じしかしなければ、確実に飽きてきます。一方で何かを吸収しようとしたり、毎回どうやって効率よくこなすかという事を考えながらやっていると、意外と飽きないものです。
はたから見るその姿勢は、評価されることもあるでしょうが、そのためにやっているのではありません。自分が時間を使ってやる事はタダでは済まさないという、気持ちでやれば何かしらの発見があるものです。
飽きるのは本人次第
いずれにしても飽きる気持ちは本人次第です。同じことを取り組むのでも人が変われば過程も結果も変わってきます。みんな顔がそれぞれ違うように、感じ方も違います。やるべきことも違います。ただその中で共通しているのは、飽きた人はその分野に関しての成長がストップするということです。
何の成長もない感動もないロボットの様な毎日を送るのか、何かを見つけようと常に向上心を持った姿勢で物事に従事し、成長し、感動を味わえる毎日を送るのかと聞かれたら、多くの人は成長することを選ぶのではないでしょうか。
まとめ
成長しないという事は自分に変化がないという事です。成長することがなければ飽きる状態になります。飽きる感覚というのは自分の取り組み方次第で変えることができます。
飽きるという事は、嫌になるということで、それは幸福でない様を言います。
ですので、成長しない状態は不幸であるといえます。